日本最古の現役駅舎として鉄道ファンなどにも知られるのが、半田市の北部にあるJR武豊線亀崎駅舎。木造の外壁には「明治19年1月」と記された当時の建物財産標があり、「亀崎駅の駅舎は明治19年の開業当時駅舎で、当時の姿を今に見ることができる貴重な産業遺産です」と、半田市の観光情報サイトでは説明している。この説明通り外の駅名看板は文字が消えかかるほど古びているが、外壁などは何度か塗り直されているようで、駅舎の中も自動改札化されて、現在は無人駅として運用されている。
駅舎内には「武豊線の歴史」のパネルが展示されている。その冒頭「武豊線は東海道線本線の生みの親」という小見出しの文章によると、武豊線は武豊港から鉄道建築資材運搬用に半田線の名称で計画され、明治18年8月に着工し、武豊-熱田間(33.2K)が明治19年3月に開通したという。「半田線の開通で鉄建築資材は汽車で搬送できたため、東海道線建築は著しく進捗し明治22年7月東京-大阪間が開通した。これに伴い大府-武豊間は支線となり明治42年に武豊線と名称変更した」。
三河湾に面した亀崎は江戸時代、酒造業と海運業が栄え、多くの酒が江戸を運ばれて発展した。観光の面でも脚光を浴び、明治時代には福沢諭吉、田山花袋、柳田国男が当時宿屋だった望洲楼を訪れた。この安政2年創業の望洲楼は亀崎駅から徒歩10分の仲町通りにあり、現在は料亭として営業している。仲町通りには古い建物がたち並び、築100年以上の建物をリノベーションした長屋スタイルの喫茶店、フランス菓子店もある。
ホームを結ぶ古い跨線橋もある亀崎駅 |
料亭として営業中の望洲楼 |
ノスタルジックな仲町通り |
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